先生 もぅ学校で会うことはできないのですね。とても寂しいです。私も今薬漬けの日々を送っています。本当に薬が効いているのかと思う程しんどい日々です。
私ももぅすぐ卒業です。あんな学校を卒業しても誇りにも何にもならないけど、先生と会えなくなることだけが心残りです。
でも 私たち生徒以上に先生がつらいですよね。病気もしんどいだろうし、私たちと会えなくなるのもつらいだろうし。そう思うと涙が出てきます。私もつらいけど先生はそれ以上につらいだろうなって。ここまで先生を追い詰めたD中組織を恨んでしまうです。
でもね、私先生すごく追い詰められてとても苦しい思いをしたけどその分人間として成長できたじゃないのかなって思うです。

人の苦しみや悲しみを理解するには
それ以上の苦しみや悲しみを
経験しなければならない
悲しみに閉ざされた人を
慰めることができるのは
それ以上の悲しみを
経験した者のみである

                          ピコレット

 

A教諭の教え子から寄せられた「声」です。

 

 

 「ありがとう」と言って、A先生は涙を流されました。

 

少し説明させてくださいね。昨日お見舞いに行ったとき、A先生は「一日中だるいじゃ。たまらんのじゃ」と言って横になっておいででした。奥様もおられて、少し話をしている時、ちょうどあなたの話になったのですよ。あなたが、無事入試にいけたのだろうか、とA先生と奥様は心配していました。

そんなことがありましたので、あなたから「声」が寄せられているのを見て、私はまたすぐにA先生のところへ、印刷したのを持っていきました。

 

「きっと、彼女も、自分と同じように苦しんでいる。薬の量が増えたと言っていたから、自分以上にしんどいかもしれない。そんな中で、これを打ってくれただなあ」と言って、あなたのお手紙を、何度も何度も読み返されていましたよ。

 

あなたとA先生との出会いが深くなったのは去年の秋以降だったそうですね。「あなたが病気で苦しんでいる、どうしなければいけないか自分には分かる、でも、…」あのころA先生は、あなたのことを、自分のこと以上に心配していました。ところが、苦しんでいるあなたを見て、「早く何とかしなければ!」と思うA先生の切実感と、学校側の対応との間には大きな温度差がありました。そんな中で、あなたのことを見て、同じように切実感を持っている先生が居てくれたのでしたね。養護の先生でした。A先生は自分の体験を養護の先生に話し、養護の先生はすぐに手を打ってくださいましたね。

 

そのおかげで、あなたが元気を取り戻しつつあったころ、幹部連中は圧力を掛け始めたのでした。それは組織的に巧妙に行われました。そして、ふたたびあなたの体調は悪化していったのでしたね。

 

>でも 私たち生徒以上に先生がつらいですよね。病気もしんどいだろうし、私たちと会えなくなるのもつらいだろうし。そう思うと涙が出てきます。私もつらいけど先生はそれ以上につらいだろうなって

 

と、言うところを読んでA先生は泣いていましたよ。

A先生は言いました。

「ピコレットさんの方が自分より苦しいはずじゃ。なのに、こんな風に心を配ってくれて…」と。

 

でも、あなたがおっしゃるとおりです。

あなたが、あの苦しみを体験された(今も毎日苦しんでおられる)からこそ、あなたのお言葉が、今、A先生の心に響くですね。

 

「本当にそのとおりじゃなぁ」と最後にA先生は笑みをこぼされました。「この苦しみがなかったら、結局平気で人を傷つける教師で終わっとったじゃろうなぁ。『この一回生起の出会い 一瞬一瞬に 信を持ち 愛を与え 我を忘れて 生きることが出来るように』ということを何年も前からずっとめざしとったけど、出来んかった。でも、今年、D中では、そういう出会いを多くいただいた。この病気のおかげかな。」と。

 

不思議ですね。「だるい、しんどい」と言っていたA先生の表情は、すごく穏やかになっていました。

 

あなたとの出会いも、神様からの贈り物だったのでしょうね。

 

あなたも、A先生も、まだまだ闘病の苦しさは続くだろうと思います。

でも、今日、こうしてあなたから『まごころの華』を届けていただいたことを、A先生とともに感謝いたします。

そして、この光が同じように苦しむすべての人々の上にも降り注がれますように。