まごころ教育さん。


転校しても、あなた方のサイトを見せて貰っています。

土居中から逃げた俺が言うのも難ですが、少し今の土居中についての考えを語らせてください。
 あなた方とは一度でもいいから話してみたいと思ってました。
 

今の土居中はかなり歪んでいます。
 

彼らの行っている「同和教育」は、支配洗脳を包装しただけの真っ赤な偽物だと思います。
 

彼らは、人権の自由を訴える一方で生徒の自由を許そうとしません。
 何を考えてかは知りませんが、教頭を中心とした幹部達は支配者を気取りたいみたいです。
 そのためには、生徒達の言語の自由が邪魔だったのでしょう。
生徒達は自分たちの言うことに首を振るだけでいいというのが土居中の考えです。
 

それに何よりも信じられないのは、「人権」を謳い反差別を掲げる中彼らは『障害者差別』・『イジメ』を行っています
 前もって障害についての報告を学校にしていたにも関わらず、その影響が出た途端に子供をクラス内の笑いものにされたと嘆いていた知人もいます。
その子は高校に入学しても、心の傷を癒せないで居ます。
 

それにも関わらずにのほほんと今も胡座をかいている土居中教師が許せない。
 

それに何より、信じられないことは土居中の同和教育の方針は
   部落差別以外はどうでもいいというところです。
 

A教諭の「同和教育は困っている人と協力し合ってよりよい社会を作りなさいと教えるものじゃないのですか」と聞いたときに、一人の土居中教師が「それは同和教育じゃない」と答えたそうですね。
 

実際、その通りです。
 彼らは「同和教育」というものを部落差別のためだけのものと捉えています。

「イジメ」や「障害者差別」を少しだけしているのは、生徒の目を誤魔化すためです。
 

俺の考えは
    土居中現役&卒業生集まりんしゃい!
に書き込んでいることにつきます。

617752、あと新・人権宣言(新・人権宣言は新しく立ち上がってた新・土居中現役&卒業生集まりんしゃい!に書き込んであります)です。
読んでみてください。

                      カラっぽ

 

 

 

 

 

 

カラっぽさん。

 

どうも、ありがとうございます。ちょうど、昨日また出張から帰ってきたところでした。その間、土居中現役&卒業生集まりんしゃい!の方も、「荒らし」がひどかったそうですね。こちらを心配して、お声を下さっている方には失礼ですが、カラっぽさんのお声に先にお返事させてください。

 

 

カラっぽさん。

あなたのお声を本当にうれしく読ませていただきました。

「土居中から逃げた俺が言うのも難ですが」

と書かれていますが、『転校』というのは、まさに立派な一つの行動です。

今の土居中で、そのようにして身を守る方法があるということを、実践して先例を作り、道をつけたわけですからね。

 

あなたが上に書いてあること、まさに、すべてそのとおり!と同感いたします。しかも、今の土居中(土居町)にとって最も本質的かつ核心的なところを、指摘されているからです。

 

そうです。

今の土居中はかなり歪んでいます。

そして、その『歪み』は、超危険なものです。


>前もって障害についての報告を学校にしていたにも関わらず、その影響が出た途端にクラス内の笑いものにされ、高校に入学してからも、心の傷を癒せないで居る人がいる…。

あなたが書いてくださっている、『障害者差別』や『イジメ』を、幹部連中が中心となって、教師が率先して行っているわけです。《超危険校》ですね。

 

A教諭も転勤しました。転勤先の学校は、土居中とはまったく違って、温かいところです(いずれ紹介したいと思います。学校が違うだけでこうも違うのかと思うくらいです)。しかし、それでも、A教諭は8月まで休職せざるを得なくなりました。『心の傷』というものは、ただ単純に「きょうは落ち込んでいる」とか「もう気にしないで元気を出して」というようなものではないのですね。A教諭が1.16事件で受けた心の傷は予想以上に大きいものでした。

高校に入学したBさんたちも、同じように、毎日ギリギリの状態で苦しんでいます。

 

教育現場で、教師集団によって何人もの生徒や教職員が心の傷を負わされる…。凄惨なことです。

 

こんなことが起こってしまうのは、まさにあなたが指摘してくださっているとおり:土居中の同和教育の方針は
     部落差別以外はどうでもいい

というものだからです。

 

 

これは、土居中だけの問題ではなく、土居町の問題です。

例えば、518  タイモ  さんのご発言はとても貴重なお声ですよね。娘さんがご無事でよかった、と思いました。でも、一歩間違えば、流産と言うようなことになっていたかもしれない…。すなわち、《殺人》です。

 

土居町の今の同和教育は、“部落差別以外は殺人も可”

 

 

 

いつから、こんなことになってしまったのでしょうか?

 

 

すくなくとも、十年以上前は、厳しい現実の中で、崇高な精神を持って、立ち上がられた先人がおられたのです。

 

私は、江口いと先生の『招かれなかった誕生日』を読んで、「なんでこんなひどいことが!!?」と胸が震えました。それは憤りでした。同時に哀しみでもありました。

あの詩を読んだ時のことが、今でも鮮明に私の中に残っています。私は、江口いと先生の精神こそ、「人間の尊厳を大切にして!」というものだったと思います。

そして、そのことは、土居町が世界に誇る人権文学を生み出した、土居町の誇りだと思います。水平斜宣言や渋染め一揆と同じように、世界に誇る、

「人間の尊厳を大切にする精神」

だと思います。

 

 

 

そんな、土居町が、いつ、誰によって、こんな危険な町になってしまったのでしょう。

“部落以外は人間の尊厳なんて認めない”

これが、今の土居町の方針でしょう。だから、教頭も土居中をその方針で支配・洗脳するのです。

 

 

 

※       ※       ※

 

 

 

さて、カラっぽさん。前置きが長くなりました。以上は前書きなのです。

私が、あなたに一番伝えたいことがあります。

それは。

 

ありがとう!!!!

 

この言葉です。あなたが、土居中現役&卒業生集まりんしゃい!の617  番さんだったのですね。

この前に603番さんの発言がありました。そこには、『痛み』がありました。それは、ちょうど私が江口いと先生の詩を読んだ時感じた『痛み』と同じものでした。A教諭やBさんたちが苦しむのを何も出来ずにそばで見てきた『痛み』そのものでした。

 

人間の尊厳を軽視される『痛み』。

「あんたは転校できたからよかったじゃん」などではすまされない『痛み』。

 

世界は常に変化しています。今、「ワーキング・プア」という言葉が当たり前に使われ、教職員の心身疾患のみならず、小中学生の心身疾患が急増しているこの現代社会において、中学生という若さで、転校を余儀なくされるほどの『痛み』を負うということがどういうことか。

 

それは、時として、一生のリスクを背負うということです。

それほど、危険な世の中なのです。

だから、自殺対策基本法までもが制定されたのです。

 

 

 

603番さんや、A教諭やBさんたちは、それほどの『痛み』を背負わされたのですね。土居中によって。

そんな603番さんやA教諭やBさんたちにとって、一番必要なものは何でしょうか?

 

それは、

癒 し

です。心が癒されることです。

 

では、どうすれば、傷ついた心が癒されるのでしょうか?

 

 

土居中の人権教育は、あなたのおっしゃるとおり

 支配洗脳を包装しただけの真っ赤な偽物

です。だから、人の痛みが分からない。土居中現役&卒業生集まりんしゃい!の606 にゃ さんのような土居中ナイズドされた発言がまかり通ってしまう。土居中ではそれが正義なのです。

 

 

去年の4月。A教諭が自律神経の異常で苦しんでいるのを目の前にしながらも、A教諭が「同和教育は困っている人と協力し合ってよりよい社会を作りなさいと教えるものじゃないのですか」と聞いたときに、教務主任が「それは同和教育じゃない」と突然怒り出したそうです。すぐに教頭も「それは同和教育じゃない」と声を上げて怒ったそうです。

 

 

人の『痛み』を分かろうとすらしないで、追い討ちをかけるようなことをして苦しめた。その当の本人が、謝ること。

「本当に申し訳なかった。」と

それは、自分達が傷つけたすべての人たちに対してです。

 

 

そういう謝罪があって、初めて傷つけられた人たちの心の傷は、積極的に癒え始めるでしょう。

 

 

時間は動いています。

高校に進学したけれども心の傷が癒えてない人が、今、医師からは休養が必要といわれながらも、ギリギリに頑張って登校を続けている。もしも、そのBさんの心の傷が回復する前に、ふたたび心がパンクしてしまったらどうするんだ? 引きこもって、ふたたび一からエネルギーをためていかなければならない。それには時間がかかる。時間切れで、留年とか退学になったらどうするんだ?

A教諭。3ヶ月休職しても、十分にエネルギーがたまらなかったらどうするんだ?

 

人間は自然治癒力が働きますから、徐々に元気にはなっていく。でも、社会生活との適応を考えた時、時間切れ(十分にエネルギーが取り戻せてなくて)で、退学・退職となるかも知れない…。

 

彼らは、学校や仕事を休んでいても、常にこのような不安と戦っているのです。

 

 

 

せめて、土居中が、今の

狂気の暴走

をとめて、すべての非を認めてやり直す、そういう宣言が出来れば…。

 

そうすれば、これまで、土居中や土居町によって潰されてきた多くの人々の心に、希望の灯が燈るでしょう。

 

 

私たちは、それを、土居中に何度も何度も訴えてきたのです。

 

しかし、裏切られました。

 

かれらは、今もまだ、自分達の非を認めていません。このサイトに書いてあることはウソだ、と旧M校長が公式の場で明言して2007年度を終えて、そのままなのです。

 

 

 

 

 

こういう現状では、『心』を持った個人に希望を託すしかありません。

 

心の傷を抱えて苦しんでいる人の傍らに寄り添ってくれる人。

 

そういう人が一人いれば、一灯が燈り、その一灯によって傷ついた心が少し癒えるかもしれない。いえ、そういう人がいれば、必ず傷ついた心は少しなりとも癒えます。

 

 

 

さて、私は603番さんの発言を読んだとき、その繊細な感受性、それゆえに土居中のようなウソの同和教育の世界では鋭く傷つけられてしまったことに、心が痛くなりました。できるものなら、603番さんのとなりに座って、お話を聞かせて欲しい。そう思いました。

 

だから、その後も追い討ちをかける611 にゃさんに対して、617 番さん、カラっぽさん、あなたが、代弁してくださったことが、うれしかったのです。そのような人がいるということが、私はとてもうれしかったのです。

 

 

 

603番さんはいいます。

>『土居中の同和問題学習』は凶器だよ。

 

カラっぽさん、あなたは言います。

その人の逃げるまでの過程を鑑みようとも、
>理解しようともしない軽率な言葉。人権学習で言う「言葉の凶器」だよ。

 

 

これまで、土居の《凶器》によって傷つけられた、多くの人々の苦しみ。

 

 

 

 そんな中で、

 

他人(ひ と)の苦しみ、我が苦しみ

(ひ と)の悲しみ、我が悲しみ

 

こう、感じられる人がいてくれたことがうれしかったのです。

 

 

カラっぽさん、きっと、あなたも、転校されるまでに苦しんだのでしょうね。

 

 

 

 

 

※       ※       ※

 

 

 

 

 

最後にあなたに伝えたいことがあります。

 

 

806 名無しさんが書いてらっしゃいますが、先日、出張先で私も、『その時歴史が動いた』を見ました。大変慎重に作られた番組だと思いながら見ました。その中で、松平さんが水平社宣言のことを語っているとき、「人間の尊厳」という言葉を何度か口にされました。

 

私には熱い思いがこみ上げました。

私は、水平社宣言は、日本が世界に誇る人権宣言だと思っています。

 

この水平社宣言が生み出されるまで、(後の西光万吉先生たち)青年らは「どうしたら道がつくのか分からない」という、悶々とした中で、ひとつひとつ『行動』を起していきます。そうして、ついに、水平社宣言がこの世に生み出されたのです。

 

すべての人間の尊厳を大切にして!!

 

この崇高な精神は、今後何百年たとうと、その崇高さにおいて変わることはありません。

 

 

 

 

けれども、一つの罠があるのです。

 

人間の心の弱さです。

 

キリスト教の歴史を見ても分かりますが、さまざまな宗派に分かれ、対立から戦争につながっていくのです。他の宗教でも同じ。

 

そして、それは解放運動においても同じ。

 

この人間の心の弱さと闇が噴き出しているのが、今の土居の同和教育であると思います。

 

 

人の苦しみを見ずに、自分の権力と利益を追い求める。

したがって、支配と洗脳という手段で安易に事を運ぼうとする。

 

 

 

そうじゃない!! それはちがう!!

 

この叫びが、あなたの中にあります。

 

>貴様らは差別者ではないか!!
>我々が今まで語ってきたことは全て紛れもない土居中の
>真実。
>それは、視点は違えど現役生・卒業生が感じた『土居中』
>なのだ。
>そこには、嘘も偽りも皆無。
>我々は純粋に想い、感じ、経験したことをこの掲示板を
>通じて語り合っているだけだ。
>『嘘』『偽り』と否定する前に少なからず生徒達に不自由な
>想いをさせていたと反省できないのか?

 

 

私は、ここに、水平社宣言が生み出される前の、青年たちが『行動』する姿がオーバーラップするのです。

彼らも、あのとき、社会では「アウトサイダー」でした。今の土居町の同和社会(と仮に呼びましょう)では、あなたは「アウトサイダー」です。

 

 

でも、ここには、

      純粋な魂の叫び

が確かにあるのです。

 

 

 

私たち、友の会執行部は(このところ忙しくて直接会っていません)、次にあったときには、きっとこのことを喜び合うでしょう。

 

一灯が燈った。

その一灯は、やがて社会を照らす明かりになっていく…。

 

私たちが常に持っている、希望のビジョンなのです。

 

 

 

※       ※       ※

 

 

 

 

 

なお、さらに最後に、蛇足かもしれませんが。

 

これまで土居中で苦しんできた、また、今現在、土居中で苦しんでいる生徒のみなさん。我が苦しみがあるからこそ、人の苦しみが分かるのです。

 

 

あの、松本治一郎先生は、ご自分が弾圧された刑務所で過ごした苦しみを終生忘れず、毎年正月には刑務所に服役している人々に餅を贈ったそうですね。

 

戦後とはいえ、天皇陛下にお尻を見せては失礼だという社会の中で、他の国会議員がかにの横ばいをするのをよそ目に、自分は普通に挨拶をした。すると、広島の右翼から「貴様は闇夜のあることを知っているか」と脅迫状が来た。松本治一郎先生は、「よし、そこで講演会をやろう」と言って乗り込んで行き、壇上から「この松本の○十年、いつ月夜があったというのだ。闇夜の中で常に闘ってきたのだ。闇夜などといわず、ここへ上がってきて今どうどうと話し合おうではないか」と言った。

 

 

こういう『指導者』がおられたのですよね。

 

私は、今現在、土居町にすぐれた指導者がおりながらも、その方が表に出ておられないことを、残念に思います。

 

 

 

世界は常に変わっている。特にこの世紀をまたがってようやく8年たった今、世界中が混沌としています。目に見えるもので確かなものはありません。

 

このような中、同和教育も、

変わること

を要請されているのです。

 

 

権力の上に、“のほほんと胡座をかいている”のではダメなのです。

 

支配欲や利権争いなどで劣化していく自分の『心』を、常に見つめること。指導者には、この行いが欠かせません。

 

そうして、何よりも、すべての人の『痛み』に寄り添えること。

すべての人の尊厳を大切にすること。

 

そのような社会を目指して、リードしていくこと。

 

 

 

これが、21世紀の、新しい同和教育ではないでしょうか。

 

 

 真の意味での闘い(自分の心の闇との闘い)へと、昇華していくこと。

 

 

 

 私たちは、土居町の同和教育を腐らせてしまった、今の同和教育指導者は、出来るだけ早く、責任を取って、その職を退いて欲しいと思います。

 そして、正しい指導者の下で、組織の建て直しを図って欲しいと思います。

 

 そうなって初めて、学校教育が正常化されるでしょう。

 

 

 

この十数年間、支配洗脳の同和教育によって、苦しんできた人たちの中から、新しいリーダーが生まれ出てくる可能性も秘められています。

 

その息吹を、カラっぽさん。あなたから感じさせてもらいました。

 

             

 

 

 

 まごころ教育友の会執行部代表

                 ‘08419

 

 

 

PS: 新・土居中現役&卒業生集まりんしゃい! って、どこにあるのか分かりません。まだ検索にかからないし。私みたいな人は多いと思うので、旧・土居中現役&卒業生集まりんしゃい!にリンクを貼ってくれたらいいなと思いますよ。

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