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まず、以下の資料について説明しておきます。

これは、A教諭自身が昨年7月下旬に作成したものです。

 

『  土居中学校におけるパワーハラスメント

(2007年4月〜7月)

について        』

 

という題の文書で、副題が『救済のお願い』となっていることにご注目ください。

 

A教諭は、1学期、ギリギリの状況に追い込まれました。そして、終業式の日、不審者扱いをされ、精神的にかなりショックを受けるのです。

 

「おそらく、このような形で整理したものをつくって見てもらわなければ、わかってもらえないだろう」と思ったA教諭は、それまでつけていた日記を基にして、この文書を作成しました。

 

そして、ある機関にこれを提出して、人権救済を願い出ます。

 

 

A教諭は、認知療法を自分流に工夫したものや、Meditationと言うものや、その日あった出来事について感情を表出させるものなど、数種類の日記をつけていました。すべて、うつ病の再発防止のためです。

 

それらをまとめたものが、以下の文書です。

 

 

私は、去年の夏に、A教諭から直接聞き取り調査をはじめた時、これらを見せてもらいました。膨大な量の日記には、赤裸々に、折々の事実とそれに伴った感情が書き込まれていました。

 

授業にかける情熱や生徒との1時間1時間の授業の楽しかったこと。

逆に、教職員の人間関係については何も分からない中で、初めは「何かおかしい」だったのが、次第に追い詰められていく様子。

これらが対照的に、生々しく綴られていました。

 

 

 

私たちが先にこのサイトでまとめたものは、これらをもとにして、また直接聞き取ったり日記を見せていただいたりして、まとめたものです。

 

実際に、一日一日、差別とイヤガラセで巧妙に追い詰められていく苦しみは、当の本人でなければ分かりません。私たちがまとめたものよりも、A教諭本人が書いたものの方が、少しでも、差別の生々しさが伝わることでしょう。

 

 

私たちは、A教諭の許可をもらって、掲載することにしました。

 

 

(なお、この文書の存在および内容については、土居中学校2007年度幹部連中は、みな知っています。去年の11月中旬に、彼らの知るところとなりました。なぜか?と推測するに、2学期以降も、彼らのA教諭に対する精神的追い詰めは激しさを増し、関係機関がこの文書を彼らに見せることによってでなければ、彼らのイジメの暴走は止まらないほどだったのだろうと思われます。

この文書の存在を知った教頭らはA教諭のことを陰で「おとろしいヤツじゃ」といい、名前は呼ばず「アイツ」呼ばわりするようになりますが、すくなくとも、2学期のイジメの暴走は止まります。イジメたいのにイジメられない彼らにとって、1.16事件は、「待ってました」というものだったのです。それで、教頭「殴ったんか?」 2007年度3年学年主任「殴った」 教務主任「よっしゃ。警察じゃ。」と校長の許可も得ず、警察を呼びます。平行して教頭は原D議員を呼びます。

つまり、1.16事件は、イジメたいのにイジメられないで鬱積していた彼らのエネルギーが引き起こした事件だったのです。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


土居中学校におけるパワーハラスメント

(2007年4月〜7月)

について

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

救済のお願い

この文書の目的は、

現職場における私へのパワーハラスメント(イジメ)に対する、救済のお願い

です。

 

この文書の取り扱いについては、下記の意味において、慎重にお願いいたします。

 

この文書の存在および、内容のすべてまたは一部が、学校現場関係者に知られないようにお願いいたします。

それは、どのようなルートで、土居中の5人(校長、教頭、教務、学年主任、同推)に流れるか分からないからです。

そして、彼らがそれを知った場合に、私に対するパワーハラスメント(イジメ)が、今後、よりいっそう陰湿に、かつ悪質になる恐れがあるからです。

 

土居中管理職と接触する折、もしも私のことが話題に上がる場合には、「本人(やその妻)が(パワーハラスメントについて)こう言っていた」というようなことは、おっしゃらないようにしていただけたらと思います。

 

よろしくお願いいたします。

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


目    次

 

1. 3月〜4月当初の病状                                                  

 

2. 土居中で受けたパワーハラスメント                                                            

(1) 4月2日(月)4月3日(火)4月4日(水)4月5日(木)4月6日(金)4月8日(日)4月9日(月)                                       

 

(2) 4月10日(火)  4月11日(水)     4月13日(金)                            

 

(3) 4月26日(木) 4月27日(金) 4月30日(月) 5月2日(水) 5月3日(木)         5月7日(月)〜5月25日(金) 5月23日(水) 5月28日(月)  5月31日(木)                 

(4) ここまでの振り返り

 

執行部註1:

 

(5) 6月1日(金) 

 

(6) 6月4日(月)           

 

(7) 6月8日(金) 6月8日(金)〜6月21日(木) 6月19日(月)6月21日(木) 6月22日(金)                        

        

(8) 6月27日(水) 6月29日(金) 6月30日(土) 7月1日(日)        

7月2日(月) 7月7日(土 )7月8日(日) 7月9日(月)                               

 

(9) 7月10日(火)7月11日(水) 7月12日(木)

 

(10) 7月13日(金) 7月15日(日) 7月16日(月) 7月17日(火)               

 

(11) 7月20日(金)                                                                                                   

執行部註2:

 

重要資料(教頭の差別意識と巧妙な悪質さの実体)について

 

(12) 7月17日(火) 午前11時20分ごろ 校長室で教頭と校長から                                              

@ 《うつ病》に対する偏見と 《うつ病罹患者》への差別心について              

A 行為の悪質性について                                                                                

 

3. ○○○へのお願い                                                          

 

付記                                                                                

校長への要望                                                                                                    

 

執行部註3:

 

 

 

 

 

 

                     以上

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1. 3月〜4月当初の病状

 

 

昨年秋より、心身症の症状が出て悩まされるようになったが、主治医はそれは「うつ病の好転」のしるしだと説明してくれた。

体は苦しかったが、「順調によくなっている」との主治医の言葉に励まされ、1日1日を乗り越えていた。

 

そんな中で、突発性難聴を発症し、3月20日から3月30日まで入院することになった。入院中、自律神経やホルモンバランスの異常が一層ひどくなり(ステロイド剤の影響と思われる)、ほんのかすかな空気の流れに対しても体が過敏に反応して冷えてしまい、また異常発汗のため拭いても拭いても汗は止まらず、さらに体温が下がってしまうという悪循環を頻繁に繰り返すようになってしまった。

体が冷えた状態を放置しておくと、そこから鬱に陥ることを今年の1月に体験したため、これについては十分注意するように主治医から言われていた。

 

主治医は、自律訓練法を教えてくれた。これをマスターしたおかげで、異常発汗が始まっても、しばらく体を横たえて自律訓練法をやれば異常発汗も収まることが分かった。

 

こんな状態だったので、妻は心配して、「辞令を代わりに受け取りに行く」と言っていた。けれども、今年こそは完全復帰を果たしたいと思っていたので、自分で取りに行った。

ここから土居中における勤務がスタートした。

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2. 土居中で受けたパワーハラスメント

 

4月2日(月)

妻に運転して行ってもらう。9時10分ごろ校長室に呼ばれる。教頭と教務が同席。

「先生には、3年生の数学を持ってもらおうと思っとる」と言われる。大変うれしい気持ちと、今の体の厳しい現状とを伝える。

この日の印象としては、どちらかというといい方だった。私の方の現状を伝えたとき、校長はしばらく「うーん」という感じで黙り込んだ。受け止めてくれたのだと思った。しかし、私が「自律訓練法をやれば対処できるので、土居中でそれができるような一人こもれる部屋はないでしょうか?」と聞いたとき、それに対する答えはなかった。また「みんなにもいろいろ受け持ってやってもらいよるきん、先生だけなんちゃせんとおる、いうわけにはいかんしな。」といった。

 

この日帰宅して、「やっぱり私の状態を教職員全員に伝えておくあのプリントを作って配布した方がいい」と思った。それで作り始めたが、途中で疲れたので打ち切る。

 

 

4月3日(火)

この日も妻に運転していってもらう。この日は冷えた。朝校長と学年主任に、昨日作ったプリント『うつ病とともに』、『私のうつ』を渡す。それと「職員会、途中で出させてもらいます」という。青い毛布をかぶって職員朝会に出た。それから会議室へ行く。会議室へ着くなり、上半身の服を着替える。着替えがその1枚しかなかったので、妻に電話して持ってきてもらうように頼む。

 

9時から職員会。自己紹介。前任校でうつ病を発症してまだ寛快していないということ、今度こそ教壇に立って生徒と授業をやりたいということなどなど伝える。

9時半ごろ会議室を出て妻に乗せて帰ってもらう。気分悪くなる。自律訓練法をする。何とか元気を取り戻し午後また運転してもらって学校へ行く。13時30分から校長室で学年会。校長にお礼を言う。その反応が冷たいのが意外だった。校長「学校内におるんかどこにおるんか分からんけん、どこにおるんかをはっきりさしてな。」

 

 

4月2日、3日と初顔合わせから2日間の間で、親身に病状を気遣って声をかけてくれるようなことは一度もなかった。伝える必要があるからと思って伝えようとしても、すぐに目をふせて自分の仕事を続けるので、「忙しい時に迷惑をかけてはいかんかな?そのたびに、いちいち校長に相談したりせずに、自分で考えて身体の対処をしていかないかんかな?」と考える。

 

 

 

4月4日(水)

8時25分、校長室へ行き、

○今日職員写真に出てみようと思うこと(体が冷えるので、職員写真には出られない事を昨日伝えていたので)。

○職員会は出られなくて帰るだろうこと。

を伝え、

○どこか、ひとりで静かにこもって休めるような場所がないかということ。

○職員会議中、リクライニングの椅子に座るとか床に横になるとかしてもいいかということ。

を訊く。

私の今後の体調にとって最も大切な、《静かに休めるような場所》については「ないなあ」と一言。

職員会議中のことについても「ちょっと目立つけんなあ(ダメ)。」昨日の印象と同じだった。

 

職員写真のとき、何人かの先生が声をかけてくれたのが嬉しかった。これまでの、校長、教頭、教務の冷たい反応とはまるで違っていて、土居中へ来てはじめてほっとした。

 

 

4月5日(木)

年休。中央病院耳鼻科で診察。4000デシベルのところが相変わらず聞こえない。通院は継続、薬も継続とのこと。

 

 

 

4月6日(金)

年休。大阪のYクリニックへ行く。一番聞きたいことは、「少々ムリをしてもいいのか、それともこれまでどおりムリはしてはいけないのか?」ということだった。ムリはしてはいけないとのこと。

 

 

4月8日(日)

どんなに考えてみても、新任式でスーツでステージに立って挨拶をできると思えない。それほど、体の状態はひどい。防寒着を着たままでもいいかどうか、校長に頼んでみるしかない。

 

 

4月9日(月)

起きる時刻をできるだけ遅くし、下着を何枚も重ね着し、防寒着を着こんで家を出る。新任式。防寒着を着たままステージに上がれないかどうかを聞く。しかし、「防寒着を着たまま体育館に入ってはならない」との答。なんとか挨拶をし終えてすぐに降壇する。

ようやく昼休みになって、家に帰り汗を拭くが、異常発汗が収まらず4時頃まで拭いたり着替えたりを繰り返す。

 

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4月10日(火)    

8時30分学校に着く。第2校時に予定されていた学年集会が、第1校時に変更になったとのこと。汗が出ていたので、すぐジャンパーを脱いで着替えようとする。その時教頭が、

教頭「河村先生、昨日何時に帰った?」

私「えーと、1時前」